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福岡地方裁判所 昭和44年(行ウ)30号 判決 1985年3月28日

甲事件原告

上野順祐

甲事件原告

清水義則

乙事件原告

三浦久

原告ら訴訟代理人

吉野高幸

外三名

甲事件原告両名訴訟代理人

三浦久

河村武信

右三浦久訴訟復代理人兼乙事件原告訴訟代理人

安部千春

甲乙両事件被告

北九州市長

右指定代理人

麻田正勝

外九名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

(甲事件)

1 被告が、昭和四三年一二月一〇日付で、原告らに対してした別表(一)記載の下水道事業受益者負担金賦課処分を取消す。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

(乙事件)

1 被告が、昭和四六年一二月一日付で、原告に対してした別表(二)記載の下水道事業受益者負担金賦課処分を取消す。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

(甲、乙事件)

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求の原因

(当事者)

1 原告らは、肩書地に居住し、別表(一)、(二)記載の土地を所有するものである。

被告は、昭和四三年建設省令第二九号「北九州都市計画下水道事業受益者負担に関する省令」(以下「本件省令」という。)により、都市計画事業として執行する下水道事業のうち公共下水道事業に係る事業に要する費用の一部に充てるため、旧都市計画法(大正八年法律三六号、以下、「旧法」という。)六条二項(ただし、昭和四四年六月一四日以降は、都市計画法(昭和四三年法律一〇〇号)七五条)の規定に基づく受益者負担金の賦課権限を与えられたものである。

(本件各処分)

2 被告は、昭和四三年一二月一〇日ごろ、甲事件原告らに対して、昭和四三年一二月一〇日付の下水道事業受益者負担金決定通知書と題する書面を郵送して、別表(一)記載の、更に、昭和四六年一二月一日ごろ、乙事件原告に対して、昭和四六年一二月一日付の下水道事業受益者負担金決定通知書と題する書面を郵送して別表(二)記載の、各下水道事業受益者負担金賦課処分(以下「本件各処分」という)をした。

(本件各処分の違法性)

3 しかしながら、本件各処分には後記五のとおり違法である。よつて、原告らは、被告のした本件各処分の取消しを求める。

二  請求の原因に対する認否

請求の原因1、2は認め、同3は争う。

三  被告の主張

(下水道の役割)

1 下水道は、市街地における雨水等の自然水を排除するとともに、河川等の公共用水域から取水された清浄な水が、人間の生活や事業活動における使用を経て汚水となつたものを受け入れ、取水時の水質に近い状態に処理したうえで、再び公共用水域へ還元するという重要な役割を果す施設である。その下水道の役割は時代と共に変遷しているが、現代の下水道は、雨水の排除(浸水の防除)、周辺環境の改善、便所の水洗化、水質の保全という役割を持つている。

また、下水道の設置管理については下水道法が制定されているが、下水道事業はそのほとんどが都市計画法(以下「法」という。)による都市計画事業として施行されており、その整備事業は、都市計画の中で他の都市施設の整備との均衡をみながら推進されなければならないものである。

(下水道事業の緊急性)

2(一)(下水道事業の意義)

下水道は、前記のとおり都市施設のうちで最も重要で、基幹的な施設の一つであり、近代都市のバロメーターともいわれている。ところが、わが国の下水道の状況は、周知のように著しく立ち遅れている。先進欧米諸国の大都市の下水道普及率がほぼ一〇〇パーセントであるのに対し、わが国における昭和四一年度現在のそれは排水面積でわずか一九・九パーセントにすぎない。戦後わが国は、世界一、二位の高度経済成長を遂げたが、これに伴い、人口、産業の都市集中化傾向が著しく、公共水域の水質汚濁、市街地の排水不良による浸水、効外低湿地の内水はんらん、地盤沈下地帯の浸水等の被害が年々増加し、更には、し尿処理問題が加わつて、産業経済上からも、環境衛生上からも放置することのできない状況になつたのである。

(二)(下水道整備計画)

右のような状態を緊急に改善するため、政府では昭和三八年に生活環境施設整備緊急措置法を制定し、これにもとづき昭和三八年度から昭和四二年度までの下水道整備五か年計画が閣議決定され、更に昭和四二年には、下水道整備緊急措置法の制定をみ、これに基づいて昭和四二年度から四六年度までに実施すべき新下水道整備五か年計画が閣議決定せられ、この五か年間に総額九三〇〇億円を投入して排水面積を八九〇平方キロメートルから二〇四〇平方キロメートル(普及率四〇パーセント)に引き上げるべく策定したのである。

(北九州市における下水道の状況)

3(一)(合併当時の状況)

北九州市は、昭和三八年二月一〇日、門司市・小倉市・若松市・八幡市及び戸畑市の五市が合併して発足したものであるが、当時各市における下水道の普及は、若松・八幡を除き、きわめて低くわずか一〇・一パーセントにすぎず、これを他都市と較べると、六大都市平均三三パーセントよりも二二・九パーセント、全国平均一六パーセントよりも五・九パーセント低く、下水道施設は微々たるものであつた。

この状態では、合併後それぞれ旧市の計画が引き継がれ、事業の継続が行なわれた後においても、合併時の覚書(各区―旧市域―の財源は、各区の事業に充てる)等の複雑な事情から、容易に進展せず、昭和四一年度末にようやく普及率一四・九パーセントとなつたが、大都市平均四〇・一パーセントはもとより、全国平均一九・九パーセントにも達しなかつたのである。

(二)(北九州都市計画新下水道整備五か年計画)

被告は、昭和四二年三月、右の北九州市の状況のもとで下水道の建設整備を図るため、昭和四二年度から四六年度までの間に、総事業費一四〇億円をもつて、北九州市の下水道の普及率を一四・九パーセントから三四パーセントに引上げることを計画(以下「本件整備計画」という。)した。

(本件各処分の経過)

4(一)(受益者負担金制度の採用)

(1)(採用までの経緯)

下水道事業は、例えば遮集幹線で一メートル約二五万円、終末処理場で一人当り約一万円の建設費が必要となる等道路、公園等他の事業と異り、多額の投資を必要とするものである。このような多額の経費を、すべて租税負担に基づく財源でまかなうことは、下水道事業による利益を受けない住民との関係において、著しく負担の公平を欠くものであり、また、他の事業を圧迫することともなる。そのため、国においては種々関係各界の意見をきき、検討を重ねた結果、下水道事業に旧法六条二項の規定に基づく受益者負担金制度の採用を決定し、昭和四〇年一〇月二五日付建設省都市局長及び自治省財政局長名で、次のような内容の通達が発せられた。(ア)計画的に下水道整備を促進するためには、積極的に受益者負担金制度を採用すべきであること。(イ)採用にあたつては、受益者負担金の総額を建設事業費の五分の一以上三分の一以下とすべきであること。(ウ)採用都市にあつては、負担金徴収の基礎となる事業計画どおりの下水道整備を図ることが必要であるため、これらの都市に対しては、国庫の補助及び起債の許可を優先的に考慮する方針であること。なお、右通達の内容はその後の関係機関の意見とも一致している。

(2)(採用の決定)

被告は、3(二)に述べたように、昭和四二年度から四六年度までに総額一四〇億円をもつて、下水道の普及率を三四パーセントとすべく目標を立てたのであるが、下水道施設は前記(1)のとおり道路、公園等他の公共施設と異なり、ぼう大な資金を必要とする。都市計画事業として下水道事業を行なう場合、それに充てる財源としては、まず目的税たる都市計画税が考えられるが都市計画税の使途は、下水道のほか道路、公園その他各種の都市計画事業に用いられるので、下水道事業に充てられるのは、例えば昭和四二年度についてみると、都市計画税総額約七億円のうち、約七〇〇〇万円にすぎない。下水道総事業費一四〇億円のうち国庫補助三分の一を差引いた残額を五か年で除すると毎年約一九億円となるが、都市計画税七〇〇〇万円を差引いた残額一八億三〇〇〇万円は毎年都市計画税以外の一般財源をもつて充てなければならないのである。しかしながら、このように多額の一般財源をもつて一部市域の事業に充てることは住民相互間の負担公平の原則に反する。被告は、政府の方針に基づき、その指導の下に下水道事業により著しく利益を受ける者に事業費の一部を負担させるために、いわゆる受益者負担金制度を採用することとしたのである。

(3)(市議会への提案)

被告は、昭和四三年三月四日、北九州市議会定例会において、前記(2)の趣旨を説明して受益者負担金制度を導入することを表明し、これに対し数名の議員より質疑があり、更に、予算特別委員会でも下水道関係の予算審議の際、受益者負担金制度及び財政負担の説明をして、下水道関係の予算を含む予算について議決をえ(なお、予算は数日後本会議で議決された。)、また、同年四月四日建設大臣に対する省令の制定上申についても議会に事後報告して説明した。

(4)(省令制定)

被告は、同年六月二二日、福岡県知事を経由して、建設大臣に対し、旧法にもとづく受益者負担金に関する省令制定の申請を行ない、昭和四三年七月一九日、本件省令が制定施行され、この省令に基づき、被告は、次のように受益者負担金の負担を定め、このことを、昭和四三年八月八日、北九州市公告第一五二号及び第一五三号により告示した。

日明戸畑負担区

総事業費二五億一三九万九九〇〇円負担率1/5

負担区地積四四六・七ヘクタール一平方メートル当り一一一円

皇后崎東部負担区

総事業費三八億五九四四万四〇〇〇円 負担率1/5

負担区地積一一五七ヘクタール 一平方メートル当り六六円

なお、右の日明戸畑負担区の属する戸畑区の一部は、その後予想外に早く市街化が進んで来たので、戸畑区東大谷地区等を昭和四六年六月一日に右負担区に編入し、公共下水道を敷設することとした(昭和四六年北九州市公告第一五〇号)

(5)(施行規則の制定)

被告は、本件省令一五条並びに地方自治法一五条に基づき、昭和四三年八月二一日、北九州市規則第九七号をもつて受益者の地積、申告、負担金の決定通知、納期、減免等右省令の施行のため必要な事項を規定した北九州都市計画下水道事業受益者負担に関する省令施行規則(以下「施行規則」という。)を制定し、即日施行した。

(二)(賦課手続)

被告は、賦課対象区域内の土地所有者を市の固定資産土地台帳により確定し、施行規則二条一項、二項に基づき申告の受付期間を八月一九日から九月二〇日までとして甲事件原告を含む受益者に通知を行ない、一一月二〇日までに日明戸畑負担区二九三三人(九一・〇九パーセント)、皇后崎東部負担区六一〇〇人(八五・一パーセント)計九〇三三人(八六・九パーセント)の申告があり、この申告に基づいて(未申告の者については施行規則五条による市長の認定により)一二月一〇日に施行規則五条の下水道受益者負担金決定通知書を、一二月一五日に施行規則六条三項の下水道受益者負担金納入通知書をそれぞれ発した。その件数は日明戸畑負担区四六八五件皇后崎東部負担区一万一〇二五件、計一万五七一〇件である。更に、昭和四六年度賦課分については、申告の受付期間を昭和四六年九月一六日から一〇月一五日までとして乙事件原告を含む土地所有者に通知を行ない、一一月二〇日までに日明戸畑負担区一二〇六人(七五・一パーセント)の申告があり、この申告に基づいて(未申告の者については同規則五条による市長の認定により)、一二月一日に同規則五条の下水道受益者負担金決定通知書及び同規則六条三項の下水道受益者負担金納入通知書を同時に発した。その件数は、日明戸畑負担区では一九三八件である。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1は、下水道整備事業か都市計画の中で他の都市施設の整備との均衡をみながら推進されなければならない点を除き、ほぼ認める。

公共下水道は、歴史的な経過をへて、イギリスはもとより、フランスやドイツなどでも都市のほぼ一〇〇パーセントが下水道を完備するようになり、「ヨーロツパにおいては、二〇世紀を境にして下水道は都市における不可欠の公共施設とする概念が定着した。」のである。これに対して、わが国においては、従来日本社会の特殊事情((一)日本農村の貧困と関係するし尿の農村還元方式の存在、(二)細菌学の発達とその利用―西欧のように下水道という根本的な方法で問題を解決するのではなく、基幹的な施設を作らずに予防注射で防疫し、伝染病を個人の責任に転嫁してしまう方法をとつたこと、(三)日本の財政策の極端な偏向―戦前において、公共投資は、専ら富国強兵のための軍事、産業基盤の増大に向けられ、都市施設への投資は、極端に少なく、下水道事業へは微々たるものであつたこと等)を反映し、下水道の整備は遅々として進まなかつた。

しかし、わが国においても、社会や経済、あるいは都市や環境などの状況が一変した昭和三〇年代の高度経済成長時代以降において、清掃問題が重大な社会問題となり、下水道は単なる市民個人の生活の利便を目的とした特別のサービスではなく、都市の基幹的な施設であり、公共財としての性格をもつに至つたのである。従つて、下水道を特別にぜい沢なもの(受益のあるもの)とみるのは間違いで、西欧と同じく、「下水道は、都市の必要最低限の必須の行政施設であり、全市民が受益できるものでなければならないもの、いわばシビル・ミニマムの一つ」である。そのことから、下水道は地方公共団体が、その当然の義務として設置しなければならないものである。

2  同2(一)、(二)は認める。

3  同3(一)のうち、旧八幡市が下水道の普及率で他都市と同等であつたこと、北九州市において合併時の覚書でいわゆる「タッチ・ゾーン」(経過措置)のあつたことは認め、その余は不知。同(二)は否認する。

4  同4(一)(1)は不知、(一)(2)のうち、都市計画事業による下水道事業に充てる財源としては、まず目的税たる都市計画税が考えられることは認め、「かかる多額の一般財源をもつて一部市域の事業に充てることは住民相互間の負担公平の原則に反する」との点は、本件整備計画に関しては否認し、その余は不知。同(一)(3)は不知。同(一)(4)、(5)は認める。同(二)は不知。

五  原告らの主張(本件各処分の違法性)

(下水道事業と受益者負担金制度の不整合性)

1(一) 受益者負担金制度の本質から考えて、下水道事業に受益者負担金を課すことは違法である。

なぜなら、受益者負担金制度は、特別の受益者に受益の限度で開発利益の還元をさせようとする制度であり、ここでいう受益は、制度の趣旨から言えば、土地価格の上昇分を言い、一般的な便益をさすものではない。本件各処分によつて、原告らに開発利益がないことは、いわゆるキャピタルゲイン(評価益)に対する負担の問題から考えてもうなずけるところである。すなわち、(1)原告ら市民が住んでいる住宅地は、売ることを前提にしていないので、その実現の可能性がない。(2)キャピタルゲインは、いつ、どれだけ発生するか、測定できるかどうかについて、問題がある。そのため、本件では受益の測定は行なわれておらず、負担金の額は、受益からではなく、費用から割り出されているのが実情であり、これは旧法六条二項、法七五条にもとるものである。仮に、下水道を設置することによつて、地価の上昇があつたとしても、譲渡するときには、譲渡所得税で捕捉されるし、固定資産税と都市計画税で吸収される仕組みになつているので、公平の問題は生じない。(むしろ、法に基づいて、目的税である都市計画税をとり、更に旧法六条二項、法七五条を根拠に負担金(実質的には目的税たる都市計画税)をとることは、実質的には二重課税となり、公平を失する。)

(二) 本件下水道事業に受益者負担金制度を採用することは違法である。

下水道は、都市の基本的な施設であり、上水道と同じように都市住民の「生存」にとつて不可欠の存在であると同時に、下水道は、公衆衛生、公共用水域の水質の保全等という重要な役割を担つているものであつて、その存在は憲法二五条の要請に基づき、下水道法一条にその性格が規定されている。いわば、下水道は単に特定地域の住民に利便をもたらすだけではなく、より広範囲に高度の公共性、国家性を有するものである。従つて、このような下水道の法的性格に照し、その工事費用は、上水道と同じように、すべて本来的な租税で賄われなければならない。このことは、下水道法には道路法六一条、河川法七〇条、港湾法四三条の四に規定する受益者負担金に関する規定がないばかりでなく、下水道法一八、一九条には、汚濁原因者負担金と工事負担金について明文の規定をおいて、この場合のみ負担金をとることができることを規定していることによつても明らかである。

また、公共下水道の場合、これが敷設されたときは、その区域内の住民に対し、排水設備の設置義務や水洗便所への改造義務(下水道法一〇条・一一条)等の使用強制がなされ、その反面として事業費については分担金を課すことができず、下水道法にのみ受益者負担金制度の規定を欠く所以はここにもある。

なお、財政学的にみても、下水道のような、都市の必須の公共的生活手段の建設費については、当然公費で賄わなければならないものであり、地方自治法上も受益者負担金をとることができる範囲が定められているのであるから、下水道について受益者負担金をとることは、誤りである。とりわけ、下水道の性格と受益者負担金制度の本質からいつて、原告ら一般の市民が居住の用に供するため、いわば使用価値を目的としてもつている最小限度の土地にまで負担金を課することは、財政学的にも間違いであり、許されない。

(三) なお、被告は、公共下水道の敷設について、ことさら政治的責務と法律的義務、あるいはナショナル・ミニマムで「あるべきである」と「である」ということを区別して公共下水道の敷設は、政治的責務であつて、ナショナル・ミニマムで「あるべきである」から、国及び地方公共団体は、当然それらを自らの負担において設置する義務はないと主張している。

下水道が先に述べたような性格を有するものである以上、そして下水道がなければ都市生活が一日たりとも円滑に作動しないものである以上、下水道の敷設は地方公共団体の法的義務であり、ナショナル・ミニマムであると解さなければならず、国又は地方公共団体がその責任と費用でこれを設置しなければならないものである。

また、地方公共団体が、住民に受益者負担金を課することができる事業は限定されており、法律に特別の規定がない限り許されない。前記(二)のように、下水道法には、道路法、港湾法、河川法などのように、受益者負担金をとつてよい旨の規定は存在しない。むしろ、下水道法には特別受益者については、特に負担金(分担金)をとることができる旨の規定(一八条、一九条)がおかれているところをみると、原告らのような一般の市民に対して受益者負担金を課すことは、許されていないものと解釈するほかはない。

(旧法六条二項、法七五条の要件の欠缺)

2 本件各処分について、旧法六条二項又は法七五条所定の「著しい利益」が生じ、かつ、本件各処分が、本件公共下水道事業によつて原告らにもたらされた利益の限度内であることの証明がない。

(一) すなわち、本来、公共設備は租税によつて賄われるのが原則であるのに受益者負担の制度が認められるのは、右原則を一律に適用すると、租税によつて建設された特定の公共設備が関係地域住民の利益となるだけで、他の住民の利益にならない場合には、負担公平の見地からみて妥当でない結果をもたらすからである。つまり、受益者負担の制度は、租税の負担公平の原則をそこなう場合にはじめて認められるものである。

従つて、旧法六条二項、法七五条にいう都市計画事業によつて著しい利益を受ける者の解釈、適用に当つては、前記趣旨を生かして厳格かつ、制限的に行われるべきであり、その「利益」とは客観的に明白である場合であり、かつ「著しい利益」とは「当該都市計画事業に因り、その事業遂行の現実的効果として、将来に向つて具体的に現状に照らして大巾な利益」をいうものと解すべきである。

(二) しかしながら、原告らは北九州市民としても、皇后崎東部負担区受益者としても、右にいう「著しい利益」を受ける者に当らない。

本件下水道事業の内容をみると左の通りである。

(普及率)

昭和四一年度末 五か年計画後 昭和四一年度末 五か年計画後

門司一・二パーセント 一三・二パーセント 八幡二五・九パーセント 四三・七パーセント

小倉三・七パーセント 二五・九パーセント 若松二九・九パーセント 二九・九パーセント

戸畑二五・二パーセント 六四・四パーセント 平均一五・九パーセント 三四パーセント

(処理能力)

昭和四一年度末 五か年計画後 昭和四一年度末 五か年計画後

門司  〇人 二万六六〇〇人 八幡 一三万人 二一万〇五〇〇人

小倉  〇人 九万六六〇〇人 若松   〇人 二万三〇〇〇人

戸畑  〇人 七万六四〇〇人 合計 一三万人 四三万三三〇〇人

これによれば、今次下水道計画により昭和四六年度末には、普及率で五区平均三四パーセント、処理能力で六六万九〇〇〇人になることが予定されている。市街地面積の平均三四パーセント、市人口の六割強の処理能力といえば、これはもはや市の特定地域の事業ではなく全市的な事業であつて、本来租税で負担するに適する規模のものであり、租税負担の公平をそこなうほど著しい利益を得ることになるとはいえない。

また、本件下水道事業の場合、下水道は、早晩北九州市の住宅地の全域に敷設されることになつている(被告は、山林などを入れて全市の何割しか敷設されないなどとごまかそうとしている。)ので、一部の市民だけが著しい利益を受けることはなく、市民間に不公平の問題は起こりえない。なお、敷設の時間的な差は、大きな意味を持ちえない。

(三) 土地の使用価値の増加であれ、交換価値の増加であれ、他原因による地価の異常な騰貴が続いている現在においては、その算定は不可能であつて、その証拠に本件省令制定の過程でも、受益の測定は何ら行なわれておらず、課税標準は、専ら事業費から逆算して定められているか、これは旧法六条二項、法七五条にいう「受益の限度によつて」の要件を無視し、事業の規模、すなわち費用の必要によつて、負担金を恣意的に決めるもので、違法である。

(四) 更に、被告が下水道の有無と土地価格との関係で援用する日本不動産研究所の重回帰分析なる鑑定の手法は、例えば、地価形成要因は多数存在するにもかかわらず、右モデル式では、わずか九の要因に限定している。他に日照・眺望の良否・学校・病院・買物等に至便か否か、角地か、車の進入は可能か等々、不動産業者が重点を置き、一般国民も重視するこれらの要因を、すべてこのモデル式は捨象しているのである。モデル式の杜撰さを物語るばかりでなく、それらの要因を捨象することによつて、下水道の有無なる要因を相対的に浮上させる作為を感じさせるもので、その意味で、政策的、作為的と指摘する外はない。

更にいえば、社会現象である公共下水道と土地価格の関係を固定した数式(しかも要因をわずか九に限定)で割り切る(説明する)こと自体無理であつて、重回帰分析のこのような扱い方は、正に「回帰分析を過大評価し、その限界を理解せず誤りをおかす」誤診の典型例である。

しかも、右モデル式によつて演繹される結論は、いわゆる時系列のもの(同一土地の、下水道敷設の前後の価格の変動)ではない。

そうであれば、被告の援用する重回帰分析(モデル式)による下水道と土地価格との関連は、モデル式自体誤つており(時系列のものでない)、本件下水道によつて、現に原告らにどの程度の経済的利益が生じたかすら証明できないわけで、まして「著しい利益」が生じた点については明らかになつていない。

(本件各処分の手続法上の違法性)

3(一)(租税法律主義違反)

本件各処分は、受益者負担の名のもとになされているが、その実質は租税の賦課であり、租税法律主義に違反するものである。

(1) なぜなら、本件負担金は、本件下水道事業による受益を測定してその限度内で賦課するのではなく、事業費を基準にして賦課対象区域内に存する土地の所有者等に対し、一律に土地面積に応じて賦課され、これを納付しないときは、国税滞納処分の例により、国税徴収法によつて強制徴収される(旧法六条二項、法七五条)ので、その実質は特別の目的税というべきであつて、租税と異らない。また、本来公共下水道事業の費用は、前記1(一)で述べたとおり当然に公費で賄われるべきものであつて、その意味からも、本件各処分に基づく負担金は租税の一種といいうる。憲法八四条の租税の中には、実質的租税も含まれ、本件各処分に基づく負担金にも租税法律主義の適用、又は類推適用がある。

(2) ところで、下水道法には、負担金を課してよいとの明文の規定はない(道路・港湾・河川・土地区画整理法などには規定がある)。また、本件のような公共下水道事業は、旧法六条二項、法七五条の要件に該当しないことは、前記1、2で述べたとおりであつてこれも根拠となりえない。

そうであれば、本件下水道事業を行うに当り、本件省令に基づいてなされた本件各処分によつて受益者負担金を賦課する法律上の根拠はないので、本件各処分は租税法律主義に反する。

(二)(遡及的賦課の違法性)

(1) 本件各処分は、昭和三四年以来の公共下水道事業の事業費にさかのぼつて賦課の対象としており、このような、受益者負担金の遡及的適用、特に本件のように長期にわたる遡及適用は、前記3(一)で述べた負担金賦課処分の性格、及び適正手続の原則に反し、許されない。なぜなら、本来、下水道工事は、ある程度長期にわたることが予想されてその事業費の支出も過年度にわたることは当然である。しかし、会計年度としては各年度において独立し、住民の代表者たる市議会の審議を受けており、その事業執行及びこれに対応した支出は既に案件として終了しているのみならず、右審議における事業費の支出は市費をもつて賄う旨の議決は、住民に負担を課さない趣旨を当然含むものであつて、後になつてその決議の趣旨を翻し、事業費の一部を住民に転嫁するようなことは、適正手続の違法ないし信義違反として許されないからである。

(2) なお、被告は、昭和三四年当時の下水道事業と一〇年後の本件各処分当時の当該下水道事業とは、全体として一体性を有するので、過去に行われた別個の事業費をさかのぼつて負担させるものではないと主張する。しかしながら右両者の共通点は、下水道事業であるという一点だけであり、施行区域、規模、構造、工期等の内容及び計画の立案、決定等の手続において全く別個のものである。のみならず、右の一〇年間は戦後日本経済が最も急激な変動を受けたいわゆる高度成長期に当り、資本と人口の都市への集中集積により生活環境が著しく劣悪化し、いわゆる生態学的危機をもたらした時期であつて、公共下水道の意義自体が大きく転換されるに至つた時期である。同じ下水道事業といつても、その意義は、両者決して同一ではない。この意味からも右両者に同一性があるとはいえない。

また、被告は、「賦課時期をいつとするかは条例制定上の立法政策の問題であり、議会の裁量に委ねられる」とか、「受益の存在が不明確な時期において受益者負担金制度を採用することは適当でない」として、遡及的適用の合理性を主張している。

しかしながら、前者については、住民に対する権力的不利益処分たる賦課処分の性格、及び適正手続の原則、更には行政の恣意を許さないという民主的法治行政の原則からいつてこのような安易かつ恣意的な解釈・連用が許される道理はない。

後者について、受益の存在が不明確なのは、昭和三四年当時ばかりでなく、本件各処分当時も同様であり、むしろ、本件各処分当時の方が一〇年前より受益性が一層不明確である。元来被告の主張によれば、下水道事業の施行によつて当然受益が生ずるというものであるから、終末処理場の建設完成の目途が立つた時点において突然受益性が生じるというものではないはずで、時期のいかんにかかわらず、その当時において特定の者に著しい受益が認められれば、負担金を課することに支障はないのであつて、そうしないことは即被告の主張に矛盾があることを示している。

六  原告らの主張に対する認否反論

(本件各処分の適法性)

1(一) 原告らの主張1(一)は争う。

受益者負担金とは、一般に、「国又は公共団体が特定の公共事業を行なう場合に、その事業に要する費用に充てるため、その事業により特別の利益を受ける者に対して課せられる金銭給付義務」とされており、いわゆる人的公用負担の一種であつて、公共事業による特別受益者にその事業費用を強制的に分担させるものである。このような分担強制ができる根拠は、受益者負担金が事業費用の負担の公平を図ることを目的とする制度であるからと説明される。

すなわち、公共事業の施行によつて特別の利益を受けるものがある場合、経済的にみれば、当該事業は、結果的に、いわば事業主体と特別受益者との共同事業の実質を有するものとみることが可能である。とはいつても、右特別受益者には、それぞれの都合があるから、右のような意味での共同事業に自由意思で必ず参加するものとは限らない。事業主体は、行政の責任上、特別受益者の自由意思による参加のいかんにかかわらず、当該事業を遂行しなければならない。また、当該事業を、事業主体が行なうべき部分と特別受益者が行なうべき部分とに量的に区分して観念することができなくはないが、社会的現象としてみればそれはいうまでもなく一つの事業であつて、分割して施行することの不可能なものなのである。そこで、費用負担の公平の上から、事業自体は事業主体が行い、事業主体は、それに要した費用について、特別受益者が行なうべきものと観念することが可能な事業量に対応する費用の分担を、右の特別受益者に対し強制的に要求することになる。そのことによつて、事業主体は特別受益者に対し、当該事業に係る開発投資への参加を強制し、費用負担の公平が図られることとなるのである。これが受益者負担金の本質であつて、原告の主張は妥当ではない。また、この負担の公平は、現象的には特別受益者と事業主体との間の問題であるが、公共事業は公共の福祉の増大のために公費をもつて行う事業であり、その公費は窮極的にすべての市民ないし国民が租税等を通してなんらかの形で負担しているといつてよいから、右の負担の公平とは、本質的には特別受益者と一般の市民ないし国民との間の問題にほかならないともいいうる。

(二) 原告らの主張1(二)は争う。

なにが憲法二五条にいう「健康で文化的な最低限度の生活」かは時代時代の国の財政状態、社会事情、生活水準等によつて異なるのであり、昭和四三年当時において、公共下水道が、「健康で文化的な最低限度の生活」を保障する施設であるかどうかは、前記被告の主張1ないし3で述べたわが国における公共下水道の普及状況に照らすと、はなはだ疑問としなければならない。仮に公共下水道が、「健康で文化的な最低限度の生活」を保障するための不可欠の施設であるとしても、そのことから直ちにその整備に際し全く受益者負担金を賦課することはできないと結論するのは早計である。公共下水道の性格をそのように理解するのであれば、公共下水道事業は正に憲法二五条の精神・趣旨を実現するためのものであり、受益者負担金はいわばそのための一手段であるということができるからである。従つて、受益者負担金が住民に賦課されるという現象のみをとらえて、憲法二五条の問題を議論するのは意味がない。要は、受益者負担金の負担と公共下水道整備から受ける利益とのバランスの問題である。公共下水道整備によつて得られる前記被告の主張1のような多大の利益を考えると、その整備のために住民が事業費の三分の一ないし五分の一程度を負担させられたからといつて、このことが憲法二五条の上で問題になるとは到底考えられない。むしろ、右の程度の住民負担において公共下水道を整備することが正に憲法二五条の精神・趣旨に合致するといえるのである。

要するに、公共下水道整備は、ナショナル・ミニマムで「あるべきである。」ということと「である。」ということとは明確に区別して論じなければならない。北九州市も公共下水道整備は、理念としては、ナショナル・ミニマムで「あるべき」ものと考えたからこそいち早く本件下水道事業を実施したのである。その結果、受益者負担金賦課の要件を満たす状態が生ずれば、それを賦課するのはけだし当然であつて、そのことと公共下水道整備はナショナル・ミニマムであるべきであることとは何ら矛盾するものではない。

2(一) 原告らの主張2(一)の前段は認め、後段は争う。何をもつて受益者負担金の契機となる「特別の利益」ととらえるかは、当該事業の性質、規模、それに対する社会的評価、それがもたらす利益の性質、程度、その利益を受ける者の範囲等によつて著しく異なるものと考えられるのであるから、これを一義的にいうことはできず、結局は受益者負担金制度を規定した個々の実定法規の解釈によつて定まるものといわざるをえない。ただ、一般的にいえば、前記1(一)で述べた受益者負担金制度の本質からいつて、単なる主観的、精神的な利益では足りず、客観的、経済的な実質を有するものでなければならないが、といつてもそのすべてを完全に金銭的に評価し得る利益であることまでは要せず、また、積極的利益に止まらず、消極的利益であつても特別の利益たり得るものと解される。

(二) 原告らの主張2(二)のうち、甲事件原告らが皇后崎東部負担区の受益者であること、普及率及び処理能力の表は認め、その余は争う。なお、乙事件原告は日明戸畑負担区の受益者である。

(1) ところで、本件で問題とされている公共下水道の場合について考えると、その整備は、雨水、汚水、し尿の排除・処理が簡便かつ衛生的に行われることによつて公衆衛生を向上させ、公共用水域の水質保全に資する。このような利益を最も直接的かつ明確な形で利益を受けるのが整備区域内の住民であることは疑う余地がない。そして、これら住民の受ける利益の中核が、下水道の完備により衛生的で快適な生活を営み得るようになることにあるのは明らかである。このような利益自体、下水道整備状況が極めて不十分なわが国の現状においては、公共下水道未整備地域の住民の状況との比較において、極めて大きなものということができる。

また、公共下水道の整備によつてその区域内にもたらされる右のような生活環境の良化は、土地の利用に即していえば、その区域内の土地の効用、便益性を増大させ、その利用価値を増す。その結果、土地の資産価値の増加をもたらし、窮極的に地価の上昇を来す。右のような土地の資産価値の増加という結果をもたらす土地の効用、便益性の増大は、公共下水道整備区域内の住民のうち、主として土地の所有者等継続的使用権限者が排他的に亨受するものであるから、これらの者は前記のような生活環境の良化という利益に加えて、更に右のような意味においての経済的利益をも受けることになる。具体的に被告が本件各処分をなすに際し本件省令三条の規定により賦課対象区域(負担区)に関し公告をなした時点における、本件公共下水道敷設自体による地価の上昇分を調査したところによれば、本件公共下水道の敷設が土地価格の上昇に及ぼす寄与率は七・七パーセントであり、これを地価上昇額でいえば、甲事件原告上野順裕、同清水義則所有地については一平方メートル当り一一七〇円、乙事件原告三浦久の土地については一平方メートル当り一〇八五円の地価の上昇を示している。もつとも、この利益の実体はあくまでも土地の効用、便益性の増大そのものであるから、下水道整備に原因する地価の上昇と必ずしも同義ではない。地価の上昇は右の利益が存在することの明白な、しかし、一個の徴ひようであるにすぎず、従つて、地価の上昇をもつて、右の利益を完全に評価し尽くしているものとは言えないことは当然である(土地の効用、便益性の増大は、完全な金銭的評価が困難である。)。

(2) 公共事業が特定の者にもたらす利益が「著しい」か否かの判断基準を一義的に示すことは、各公共事業によつてその性質・規模、それに対する社会的評価、それがもたらす利益の性質・程度等が著しく異なるので、きわめて困難である。結局、この問題も受益者負担金の本質に立ち帰つて考えざるをえない。すなわち、受益者負担金は前記1(一)で述べたように事業費用の負担の公平を図る制度であるから、当該利益が「著しい」か否かは、尽きるところ、その特定の者が受ける利益と他の一般の市民ないし国民の状態との比較の問題である。とするならば、「著しい利益」とは、その特定の者に事業費用を分担させなければ公平の観念に反することになる程度の利益、ということになろう。

本件負担区域内の土地の所有者等継続的使用権限者が本件事業によつて受ける利益が「著しい利益」に当たるか否かについての判断に関し、次の四種の比較が可能である。第一に、他の国民一般の状態との比較、第二に、同一の行政区画すなわち北九州市内において公共下水道整備対象外の地域すなわち本件排水区域外の市民の状態との比較、第三に、本件排水区域内において所有権者等継続的使用権限者以外の者との比較等である。第一の点をわが国の公共下水道施設の普及状況及び本件事業にどの程度の国費が充てられているかによつて明らかにすると、わが国の公共下水道施設の普及率は、昭和四二年末において人口比率でわずか一一・一パーセントにすぎないし、本件整備、計画の事業費一四〇億円(昭和四二年度ないし昭和四六年度までの分)の財源内訳は、国庫補助金四二億円、地方債分六八億六〇〇〇万円、一般市費一七億円、受益者負担金一二億四〇〇〇万円となつており、国費の占める割合は少なくなく、更に起債が認められることによる利益をも考慮すると、実質的には本件下水道事業に対し国庫から多額の支出がなされている。このような状況に照らすと、本件下水道事業によつて、本件負担区域内の市民は、他の一般の国民の負担において、それらに比較しきわめて大きな利益を受けることになるといわなければならない。次に、本件下水道事業には前記のような多額の市費が投じられているので(直接本件下水道事業に投じられる一七億円のほかに地方債の償還分を考えなければならない。)、北九州市の中において、本件負担区域内の市民は区域外の市民の負担においてそれらに比較しきわめて大きな利益を受けることは明瞭である。更に、本件負担区域内において、その区域内の土地の所有者等継続的使用権限者はそれ以外の者に比べて前記のように土地の効用、便益性の増大という利益を保有することになる。

更に、本件整備計画による排水区域は二七四八ヘクタールであり、全市域四万五七〇〇ヘクタールに対比するとわずか六パーセントにすぎず、また、都市計画事業による下水道事業区域は八〇八〇ヘクタールであり、これを全市域に対比してみるとわずか一八パーセントにもみたない。これをみると、全市域に比してごく限られた範囲の地域の者が著しい利益を得ることが判る(なお、原告が主張する普及率三四パーセントとは、本五カ年計画による排水区域二七四八ヘクタールと都市計画事業による下水道事業区域八〇八〇ヘクタールとの割合であつて全市域四万五七〇〇ヘクタールとの割合ではない。)。

(三) 原告らの主張2(三)は争う。

前記2(二)で述べたように、本件受益者負担義務者の受ける利益の実態は土地の効用、便益性の増大であり、これをあえて金銭的に評価するならば事業に対する投資額に相当する額といわざるをえないから、事業費の一部を負担させるかぎり、それは文言上は一応「利益を受ける限度」ということになる。とはいつても、受益者負担金の本質が事業費の分担である以上、その分担金額は、事業費の一部でありさえすればよいというものではなく、「その利益を受ける限度」という文言は右の合理性の判断基準を表現しているといえる。

ところで、公共下水道建設に要する事業費は、雨水排除に要する経費と汚水の排除・処理に要する経費とに分析して考えることが可能であるが、現在の標準的な下水道整備計画に基づいて雨水分として分析される経費と汚水分として分析される経費との一般的な比率を推定すると、おおむね雨水分が七〇パーセント、汚水分が三〇パーセントとなつている。そして、現在の公共下水道施設の雨水・汚水の排除・処理における機能の仕方をみると、雨水分として分析される経費の多くの部分は公衆衛生の向上・公共用水域の水質保全という周辺住民一般にもたらされるいわば公的利益に寄与し、汚水分として分析される経費の相当な部分は土地の効用、便益性の増大という主として負担区域内の所有者等継続的使用権限者にもたらされるいわば私的利益に寄与するといえる。従つて、本件省令が受益者負担金の総額を事業費の五分の一にしたのは、きわめて合理性を有するものということができる。

また、土地の効用、便益性の増大の享受度は土地の面積に比例すると考えられるから、本件省令が土地の面積に比例して負担金を課することとした点も合理性を有するといえる。

3(一) 原告らの主張3(一)は争う。

租税とは「国又は(地方)公共団体が特別の給付に対する反対給付としてではなく、その経費に充てるための財力取得の目的をもつて、その課税権に基づき、一般的標準により、一般人民に一方的強制的に賦課する金銭給付」をいうのに対して、負担金とは「国又は地方公共団体が特定の事業を行なう場合に、その事業に要する経費に充てるため、その事業により受益するものに対し課される金銭上の給付義務」をいうのであるから租税と負担金とはその本質において異なつている。すなわち、租税は一般に財政権の作用として専ら国又は公共団体の一般的経費に充てることを目的とし、一般人民に対し、その負担力に対応して均一に賦課されるのであるが、負担金は特定の事業による特別の利害関係人に、その利害関係度の強弱、厚薄に応じて課するものであつて、その目的と負担義務者の二点において租税と相違している。

(二) 原告らの主張3(二)は争う。

(1) 公共下水道の施設としては、大別して下水道管渠(遮集幹線、準幹線、末端管渠等)、中継ポンプ場、終末処理場があるが、これらの施設は一体不可分の施設であり、また一体として始めてその効用を発揮するものである。

ところが、公共下水道は、都市の財政事情、執行体制その他諸般の事情もあり、緊急を要するところから順次優先的に実施していくもので、事業の完了までにはきわめて長い年月と莫大な経費を要するものであるから、一つの事業計画を一定の年次によりいくつかの工期(第〇期工事、あるいは第〇次五か年計画等)に分けて実施して行くものである。

(2) 現在北九州市によつて計画、施行されている本件下水道事業が、旧市(八幡、門司、小倉、若松、戸畑の各市)の公共下水道事業と一体性を有するものであることは、合併前の旧市における公共下水道事業を、昭和三八年二月一〇日五市合併後の昭和三八年三月二日、「門司都市計画、小倉都市計画、若松都市計画、八幡都市計画及び戸畑都市計画を北九州都市計画に改める。なお現に執行中の門司都市計画事業、小倉都市計画事業、若松都市計画事業、八幡都市計画事業及び戸畑都市計画事業は北九州都市計画事業とする。」との建設大臣決定が告示(建設省告示第三六八号)され、公共下水道事業は、その内容を変更することなく名実共に北九州市の都市計画、都市計画事業として承継、統合されたという五市合併による北九州市への事務の承継、統合の状況や、工事対象区域の変動等の推移、並びに公共下水道施設の敷設、設置の状況に照らしても明らかである。

(3) このように順次行なわれる公共下水道事業について、受益者負担金を徴収する場合、当該事業の一部分として省令施行前に既に施行されたものがあるとき、この部分に係る区域の受益者から負担金を徴収しないとすると、これから施行する事業区域の受益者にのみ負担を求めることとなり、負担の公平を欠き、受益者負担金制度の本来の趣旨に反し、事業の円滑な遂行に重大な支障をきたすことになるので、本件省令附則二項は「この省令の施行前に施行された事業の部分については、当該部分に係る区域を第八条の規定による賦課対象区域とみなして、この省令の規定を適用する。」と規定して、その弊害を防止しているのであつて、右附則は適法である。

第三  証拠<省略>

理由

一請求の原因1(当事者)、2(本件各処分)は当事者間に争いがない。

二1  被告の主張1(下水道の役割)は、下水道整備事業が都市計画の中で他の都市施設の整備との均衡をみながら推進されなければならない点を除いて、被告の主張2(下水道事業の緊急性)はいずれも当事者間に争いがない。なお、国や地方公共団体の財源は有限であり、国民のすべての行政需要を直ちに充足することは不可能であるから、下水道整備事業にだけ集中的に費用をかけて施行することは、他の都市施設の整備がなおざりにされることになるが、それらの施設が未整備のまま放置されるとすると、その結果は国民の意図するところと異なつてくるのは明らかである。そうであれば、下水道整備事業は他の都市施設の整備と均衡を考えながら推進されなければならないことは当然であろう。

また、下水道に前記当事者間に争いのない事実のような役割はあつても、<証拠>でも明らかなとおり、わが国の下水道の普及率は、原告らの指摘するわが国の特殊事情もあつて、イギリス、フランス、ドイツといつた欧米諸国のそれと比較して著しく立ち遅れているのが現状であつて、わが国において下水道問題(例えば、下水道がシビル・ミニマムか否か、下水道事業で受益者負担金が許されるか否か。)を考える上で無視できない一事情となつていることも否めないところである。

2  被告の主張3(北九州市における下水道の状況のうち、(一)の旧八幡市が下水道の普及率で他都市と同等であつたこと、北九州市において合併時の覚書でいわゆる「タッチ・ゾーン」のあつたことは当事者間に争いがない。

右当事者間に争いのない事実、<証拠>によれば、次の事実が認められる。

(一)  北九州市は、昭和三八年二月一〇日、旧門司、小倉、若松、八幡、及び戸畑の五市が合併して発足したが、同年三月末現在での下水道の普及率は、市街地(下水道事業区域)面積に対する公共下水道既設区域の割合で平均九・三パーセントであつて、当時の六大都市の平均三一・二パーセントをはるかに下廻つていた。

(二)  北九州市は、合併の際、旧五市の自主財源に較差があつたことから、合併後五年間は旧市の財源はその区で使用するという経過措置期間(いわゆる「タッチ・ゾーン」)があつて、統一的な下水道事業を行なうことはできなかつたが、旧五市の各都市計画事業は北九州市の都市計画事業として新市に引き継がれ(建設省告示第三六八号)、下水道事業もその例外ではなく、昭和四二年三月末日現在での前同様の普及率は一四・九パーセント(八幡区二三・五パーセント、戸畑区二三パーセント)に向上したが、これも六大都市平均四〇・四パーセントはもとより全国平均一九・九パーセントにすら及ばなかつた。なお、右普及率を市(区)の全面積との割合でみると、平均一一・六パーセント(八幡区五・九パーセント、戸畑区一一・五パーセント)となる。

(三)  被告は、昭和四二年三月、昭和四二年から同四六年までに総事業費一四〇億円をかけて、北九州市を排水系統から新町、日明、皇后崎、北湊の各処理区に分け、下水道の普及率を三四パーセント(八幡区四三・七パーセント、戸畑区六四・三パーセント、なお、これも右計画による排水区二七四八ヘクタールと市街地(下水道事業区域)八〇八〇ヘクタールとの割合であつて、全市域四万五七〇〇ヘクタールとのそれではない。)に引き上げる本件整備計画を立てた。

3  被告の主張4(本件各処分の経過)について判断する。

(一)  まず、4(一)(1)(採用までの経緯)については、<証拠>によれば、次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(1) 下水道事業は地中に管渠等を埋設する必要があるため、地上に道路や公園を建設するのと比較すると費用がかかる。

(2) 下水道事業への受益者負担金制度については、昭和四〇年三月一七日に建設省都市局長通達(建設都発三一号)が出され、更に、昭和四〇年一〇月二五日、被告主張の通達が出され、右通達には被告の指摘するように受益者負担金制度を採用する都市の国費の補助及び起債の許可を優先的に考慮する方針が明記されている(なお、その後の昭和四一年一〇月二八日には、建設省都市局長通達(建設都発第一七二号)によつて受益者負担金の標準省令案も示されている。)。

(3) 右通達は、昭和三六年の都市センター及び全国市長会が共同で行なつた公共下水道事業の財源に関する研究報告で建設事業財源のうち、その三分の一は国が、その三分の一ないし五分の一は受益者負担金の形で受益者が、その余は市町村が負担する旨の提言(いわゆる「第一次研究委員会報告」)を参考にしてなされたものである。なお、右報告が右の結論を出した理由は、雨水部分の排除は公費で、汚水部分の排除は私費でとの基本理念によるものであつたが、これはその後昭和四一年に都市センターが行なつたいわゆる第二次研究委員会の報告において雨水分(公費)七割、汚水分(私費)三割として、三割の受益者負担が合理的と修正が加えられ、更に昭和四八年に同じく都市センターが行なつたいわゆる第三次研究委員会の報告では、下水道整備によるサービスをシビル・ミニマムとする認識の浸透に応じ、公費負担部分の拡大を提言する(もつとも適当な額の受益者負担金の徴収は存続)に至つている。

(4) なお、旧法六条二項の受益者負担金制度は、都市計画事業としての下水道事業に古くから利用されており、大正一二年に大阪市が最初に採用して以来、戦前において東京市、京都市等各地で一般財源の不足を補うために活用された。また、戦後においても、下水道事業を施行している都市のうち、北九州市が受益者負担金制度を採用した当時で八二都市、昭和四八年度末には二六三市が三分の一ないし五分の一の割合の受益者負担金を賦課している。

なお、従来下水道への公費の支出の割合が、他の公共施設である港湾(九二パーセント)、空港(四七パーセント)、道路(三九パーセント)等に比較して少いという事情もあつたが、次第に公費負担の割合が増加してきている。

(二)  次に、4(一)(2)(採用の決定)のうち、都市計画事業による下水道事業に充てる財源として、まず都市計画税が考えられることは当事者間に争いがない。前記二2で認定した事実並びに<証拠>によれば、次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(1) 本件整備計画によれば、一四〇億円の投資は、昭和四二年度九億四三〇〇万円、昭和四二年二〇億二三〇〇万円、昭和四四年から昭和四六年まで一一〇億三四〇〇万円の割合で下水道事業に支出され、その財源として当初国費(補助金)四二億市費九八億(起債六八億六〇〇〇万円、一般市費二九億四〇〇〇万円)が予定されていた。

(2) しかし、例えば、本件整備計画前の昭和四一年における北九州市の都市計画税は五億〇八六六万一〇〇〇円であつて、うち二〇・三パーセントの一億〇三四一万一〇〇〇円が下水道事業に充てられていただけで、もし右整備計画を実行するとすれば一般財源から多額の費用を下水道事業にまわさねばならなくなるため(ちなみに、昭和四一年から昭和四六年まで、都市計画税から下水道事業に充てられたものの合計は一一億二六九四万八〇〇〇円である。)、国の通達で示された方針に従つて、右事業の経費の一部に充てるため受益者負担制度を採用することとした。

(3) そこで、受益者負担金としては国の通達の最低線である五分の一の割合を採用するとして、負担部分は、国費(補助金)は三〇パーセント、市費五〇パーセント(起債三九パーセント、一般市費一一パーセント)、受益者負担金二〇パーセントの各割合となつた。もつとも、国庫補助については実質的な補助額は総事業費のわずか二〇パーセント程度(約三〇億円)にすぎないため、更に市費の負担部分が増大することになる。

(4) なお、北九州市における昭和四三年度の一般会計予算を例にとつてみると、一般会計四一一億三四〇〇万円のうち、公共事業関係では下水道事業への一四億八七八〇万円のほか、水の確保のため三五億〇四二〇万円、住宅建設に二五億〇三二〇万円、清掃作業の近代化に六億二〇八一万円等多方面にわたり予算が用いられている。

(三)  (4)(一)(3)(市議会への提案)については、<証拠>によりこれを認める。

(四)  4(一)(4)(省令制定)、(5)(施行規則の制定)については当事者間に争いがない。

(五)  4(二)(賦課手続)については、<証拠>よりこれを認める。なお、<証拠>によれば、昭和四三年度から四五年度にかけての受益者負担金の収入率は皇后崎東部負担区で、平均九七パーセントであつて、収入済額は合計三億八三三〇万九一三八円、日明戸畑負担区で平均九八・六パーセントであつて、収入済額は合計二億六五九七万二九九六円となつている。

三そこで、前記一、二の事実に基づき本件各処分が適法か否かを原告らの主張に即して判断を進める。

1  原告らの主張1(下水道事業と受益者負担金制度の不整合性)について判断する。

(一) まず、1(一)の主張について。旧法六条二項、法七五条、すなわち、著しく利益を受ける者にその受益の限度で負担金を課す旨の規定にいう「利益」には、経済的利益以外に一般生活上の利益も含まれるか否かを検討する。右規定自体は抽象的で、いかなる者が右の著しい利益を受ける者であるかを明示していないが、前記二1のとおり、下水道事業は今日、雨水の排除(浸水の防止)、周辺環境の改善、公共水域の水質の保全、及び便所の水洗化といつた目的のためにその整備が図られているが、それによつて当該排水区内の土地の(経済的)利用価値が増加することは明らかで、また、地価の値上り等の利益をも生ぜさせる。したがつて、その増加した価値の一部を受益者負担金として徴収して負担の公平を図ることになる。そこで、利益として着目されているのは経済的利益であつて、だからこそ本件省令も受益者を排水区域内の土地所有者、又は地上権等を有する者(二条)として、右利益を排他的に享受する者に限定している。これに反し、自己の下水を下水道へ排水できるといつた一般生活上の利益は、いわば土地の利用価値の増加の結果、右下水道使用者(受益者と異ることもある。)が受ける付随的な事実上の利益であるから、旧法六条二項、法七五条にいう「利益」には含まれないものと解する。

原告らは、右のような「利益」は原告らには存しない旨主張する。しかしながら、下水道事業の施行によつて皇后崎東部、又は日明戸畑排水区域内にある土地には、いわば右事業によつて価値が付加されるに至つたのであつて、原告らに右利益が生じたことは明らかである。また、その利益が具体的にどの程度であるかは必ずしも算定は容易ではないが、本件各処分の適否を判断する上では、本件各処分で賦課された金額以上の利益があつたか否かを判断すれば足りるところ、この点は後記三2において説示するとおりである。更に、土地価格の値上り分は税(固定資産税、都市計画税、又は譲渡所得税)によつて吸収されるとの点は、後記三3のとおり、受益者負担金と租税とは全く別個の目的のために存するものであつて、原告ら主張のような二重課税とはならないのである。

(二) 次に、原告らは、下水道は都市の基本的な施設であり、憲法二五条の要請に基づくもので、その工事はすべて租税(公費)で賄わる(ママ)べきであつて、現に下水道法にも負担金を賦課しうる規定を置いていない旨主張する。確かに前記二のとおり下水道に対する認識が下水道をナショナル・ミニマムな施設も考える方向に進みつつあることは否めないが、わが国の下水道普及率が未だ低い現状にあつては、下水道をすべて租税で整備することはその恩恵を受ける者と受けない者との間に著しい不均衡を生ずる虞れがあり、原告らの主張は直ちに採用はできない。なお、下水道法に受益者負担金を課する規定がないのは、旧下水道法(明治三三年法律三二号)からの沿革と、旧法六条二項、法七五条によつて現に賦課徴収されている受益者負担金との関係が複雑になる等々立法上の配慮によるものであつて、特に下水道事業について受益者負担金を賦課するのが違法であるからではない(逆にいえば、現に他の公共施設である道路、河川、港湾に受益者負担の規定がある趣旨が理解できなくなる。)。

(三) 結局、下水道事業について、受益者負担金制度を採用することが法の整合性に反して許されないとする原告らの主張は採用できない。

2  原告らの主張2(旧法六条二項、法七五条の要件の欠缺)について判断する。

(一) まず、旧法六条二項、法七五条にいう「著しい利益」とは何かが問題となる。前記三1で述べたように、右「利益」とは経済的利益をいい、一般生活上の利益はこれに入らないものであり、その「著しい」利益とは、結局受益者負担制度の趣旨からして、その利益がそれを受けない者と比較して、負担の公平という観点から容認できない程であることをいうと解さざるをえない。

(二)  原告の主張2(二)のうち、甲事件原告らが皇后崎東部負担区の受益者であることは当事者間に争いがない。乙事件原告は前記一の事実から日明戸畑負担区の受益者と認められ、皇后崎東部負担区の受益者と認めるに足りる証拠はない。

前記二3によれば、確かに、皇后崎東部負担区の属する八幡区は、本件整備計画の昭和四二年三月の時点で市街地面積に対する公共下水道既設区域の割合は既に二三・五パーセントであり、他区と比較すると高普及率であり、本件整備計画によつて昭和四六年には四三・七パーセント(前掲乙第一四号証によれば人口比によると六二・四パーセントの普及率となる。)なることが、日明戸畑負担区の属する戸畑区は同じように昭和四二年時点で二三パーセント、昭和四六年には六四・三パーセント(人口比七四・一パーセント)になることが予定されている。しかしながら、これも仮に公費をもつて事業費を賄うとなると租税の形でその費用を負担する国(民)又は北九州市(民)という範囲で考えてみると昭和四二年時点で全国は一九・九パーセント、北九州市は一四・九パーセントの普及率でしかなく、また、右北九州市の普及率も市街地以外を含む全市域との面積比でみると二・六パーセント(八幡区五・九パーセント、戸畑区一一・五パーセント)に過ぎないのである。このように国、又は北九州市において下水道の恩恵を受けている者は未だ少数であつて、その者のための下水道事業をすべて公費でもつて賄うことはその恩恵を受けない者との関係で不公平である。

また、原告らのようにその排水区域内に資金が投下されて下水道が整備された場合、その整備前と比較して土地の利用価値が増加し、地価も値上りすることは明らかなことである。もつとも、下水道が整備されたことによつてその地価がいくら値上りするかは、地価の形成には無数の要因が存することもあつて困難であろうが、被告が援用する一手法、すなわち、<証拠>によれば、重回帰分析という手法を用いて下水道の存在が地価に及ぼす影響を算出するとその寄与率は七・七パーセントであつて、甲事件原告らの土地については一平方メートル当り一一七〇円、乙事件原告については一平方メートル一〇八五円の値上りがあることになるとされる。

結局、原告らが享受するこのような利益はこれを享受しえない者と比較して負担の公平を害するものといわざるをえず、前記の「著しい利益」に当ると解するのが相当である。

(三) 次に、原告らの主張2(三)の本件各処分による受益者負担金が旧法六条二項、法七五条の「利益を受ける限度」内であるか否かを検討する。まず、本件各処分をなすに際し、事前に原告ら各受益者について個別的にその受ける利益を測定し、それに基づいて受益者負担金の賦課処分をしたと認めるに足りる証拠は存しない。被告の賦課方式は前記二3で認定したとおり各負担区の事業費の額に受益者負担の割合(五分の一)を乗じた金額を負担区の地積で除して得た額に原告ら受益者の土地の面積を乗じて一率に算出する(本件省令四、五、六条)というものであり、この合理性が問題となる。確かに、旧法六条二項、法七五条の「利益の限度において」の趣旨からすれば、費用の一部から逆算して定めるのではなく、受益者の利益を算出しその限度内で行なう方が法文に忠実であるとも考えられる。しかしながら、右利益の算出は前記三2(二)でも述べたようにきわめて困難であるし、また、前記三1(一)で述べたように事業費はいわば当該排水区域内の土地の利用価値を増加させるために用いられているのであつて、右区域内の土地の価値は右事業費分は増加していると考えられるから、その一部であつて一応合理性のある割合であるならば法の要請を充しているというべきである。本件各処分の費用の負担割合は五分の一であり、下水道は今日その都市施設としての公共性が認識されて来、公費負担分を増加させる方向ではあるが、元来、私人が自ら発生させた生活汚水等は自ら処理すべきものとして、私人の負担に帰されるべき部分も未だ存するのであつて、それは前記二4のような事情をも考慮すると費用のうち五分の一を下廻わることはないというべきである。

(四) そうであれば、本件各処分が旧法六条二項、法七五条の要件を欠くものであるとする原告らの主張2は理由がない。

3  原告らの主張3(本件各処分の手続法上の違法性)について判断を進める。

(一)  まず、同3(一)について判断する。租税と受益者負担金とは、いずれも一方的強制的に賦課される金銭給付である点において共通するが、その目的及び義務者の点で相違する。すなわち、租税は国又は公共団体の一般的経費に充てるため納税義務者に対しその資力に応じて均等に賦課されるのに対し、受益者負担金はその事業に特別の関係のある者にその費用を分担させるため、その利害関係の程度に応じて賦課されるものである。むしろ、受益者負担金は租税によりその事業の費用をすべて賄うことが負担の公平を害する場合にそれを防止するために賦課されるもので、特に租税と類似しておらず、原告らの主張の租税法律主義違反の問題は生じないというべきである。

(二)  原告らの主張3(二)について判断する。本件省令附則二項によれば、「この省令の施行前に施行された事業の部分については、当該部分に係る区域を第八条の規定による賦課対象区域とみなして、その省令の規定を適用する。」として、遡及適用を規定している。<証拠>によれば、特に皇后崎東部負担区は昭和二六年から下水道事業計画が受益者負担金を賦課徴収することなく施行され、昭和四一年末には既に計画区域の四九・八パーセント、人口比率では五八・三パーセントの部分が完成していたことが認められ、原告らはその部分にも遡及的に受益者負担金を課すことは許されない旨を主張する。しかしながら、旧市の各都市計画事業が法的に北九州都市計画事業に引き継がれたことは明らかである(建設省告示第三六八号)。また、<証拠>によれば、下水道の施設は大別して下水道管渠、中継ポンプ場、終末処理場に分けられ、これらは一体不可分の施設であり、一体として始めてその効用を発揮することや、<証拠>により認められる皇后崎処理場関係の計画も時代に応じ数次にわたつて改訂拡充がなされ、次の事業計画へと引き継がれており、工事自体(管渠の敷設、中継ポンプ場の設置、処理場の改修)も連続して行なわれていることをも併わせ考えると、単に早く(本件省令の施行前)に施行されていた事業の部分に当るからとして受益者負担金を賦課できないとすれば、同一施設(なお、処理場自体も当時の処理方法では後に環境基準に適合しなくなつたため改良されたりしている。)を利用していながら不公平が生じて不当である。

むしろ遡及適用をするのが妥当であり、かつ、その必要があると考えられるから、右附則は適正手続の原則に反して許されないとする原告らの主張は採用できない。

四以上の次第であつて、本件各処分には原告らの主張する違法はなく、原告らの本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(菅原晴郎 有吉一郎 井口 実)

別表(一)、(二)<省略>

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